問(もん)題(だい)1問(もん)題(だい)1では、まず質(しつ)問(もん)を聞(き)いてください。それから話(はなし)を聞(き)いて、問(もん)題(だい)用(よう)紙(し)の1から4の中(なか)から、最(もっと)もよいものを一(ひと)
A. 保(ほ)証(しょう)書(しょ)
B. 修(しゅう)理(り)依(い)頼(らい)書(しょ)
C. 保(ほ)証(しょう)書(しょ)と修(しゅう)理(り)依(い)頼(らい)書(しょ)
D. 修(しゅう)理(り)依(い)頼(らい)書(しょ)と修(しゅう)理(り)記(き)録(ろく)
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問題11 次のAとBは、子どもがテレビを見ることについての専門家の意見である。後の問いに対する答えとして最もよいものを、1234から一つ選びなさい。A乳幼児期の子どもは、身近な人とのかかわりあい、そして遊びなどの実体験を重ねることによって、人間関係を築き、心と身体を成長させます。ところが乳児期からのメディア(注1)漬けの生活では、外遊びの機会を奪い、人とのかかわり体験の不足を招きます。実際、運動不足、睡眠不足そしてコミュニケーション能力の低下などを生じさせ、その結果、心身の発達の遅れや歪(ゆが)みが生じた事例が臨(りん)床(しょう)の場(注2)から報告されています。このようなメディアの弊害は、ごく一部の影響を受けやすい個々の子どもの問題としてではなく、メディアが子ども全体に及ぼす影響の甚大さの警鐘と私たちはとらえています。特に象徴機能(注3)が未熟な2歳以下の子どもや、発達に問題のある子どものテレビ画面への早期接触や長時間化は、親子が顔をあわせ一緒に遊ぶ時間を奪い、言葉や心の発達を妨げます。(社団法人日本小児科医会 2010年6月18日取得による)B専門家からは「テレビをやめて積極的に外遊びをしましょう」「自然の中で遊びましょう」という意見が聞かれますが、お母さんたちは進んでテレビを見せているのではなく、地域に出ても同世代の子どもがいない、昔と比べて自然がなくなった、という問題もあるのだと思います。(中略)多くの親は、テレビの長時間視聴がよくないことを自覚しており、見せる内容にも気を遣っています。生活の中からテレビを排除するだけではなく、一日に六時間も七時間も子どもにテレビを見せる親の背景に何があるのかを考えなければ、問題の根本的な解決にはならないのです。したがって、私たちの生活スタイルと、子どもにとって望ましいテレビ視聴のあり方のバランスをとりながら、これらの検証を進める必要があるのではないでしょうか。 (小西行郎「早期教育と脳」による)(注1)メディア:ここでは、テレビやビデオ (注2)臨(りん)床(しょう)の場:実際の診察、治療の現場(注3)象徴機能:ここでは、身の回りのものを、例えば言葉などで表す働き 子どもとテレビの関係について、AとBはどのように述べているか。
Aはメディアとの接触より親子のかかわりが大切だと述べ、Bはテレビを見せるよりも外での遊びを重視したほうがいいと述べている。
B. Aはメディアとの接触が子どもの発育を妨げる要因だと述べ、Bは子育てを取り巻く状況がテレビの見せ過ぎを引き起こす場合があると述べている。
C. はメディアとの接触が長いことよりも実体験の不足のほうが問題だと述べ、Bは生活の中からテレビを排除しただけでは問題は解決しないと述べている。
D. Aはメディアに長時間接することが子どもの成長に影響を与える場合が多いと述べ、Bは親が子どもに適切にテレビを見せることが大切だと述べている。
問(もん)題(だい)1問(もん)題(だい)1では、まず質(しつ)問(もん)を聞(き)いてください。それから話(はなし)を聞(き)いて、問(もん)題(だい)用(よう)紙(し)の1から4の中(なか)から、最(もっと)もよいものを一(ひと)
A. 研(けん)究(きゅう)の背(はい)景(けい)をまとめる
B. 研(けん)究(きゅう)目(もく)的(てき)を明(めい)確(かく)にする
C. 調(ちょう)査(さ)結(けっ)果(か)を視(し)覚(かく)的(てき)に示(しめ)す
D. 文(ぶん)法(ぽう)の間(ま)違(ちが)いを直(なお)す
問(もん)題(だい)2問(もん)題(だい)2では、まず質(しつ)問(もん)を聞(き)いてください。そのあと、問(もん)題(だい)用(よう)紙(し)のせんたくしを読(よ)んでください。()読(よ)む時(じ)間(かん)があります。それから話(はなし)を聞(き)いて、問(もん)題(だい)用(よう)紙(し)の1から4の中(なか)から、最(もっと)もよいものを一(ひと)つ選(えら)んでください。
A. 海(かい)外(がい)の職(しょく)場(ば)で働(はたら)くこと
B. 新(あたら)しい土地(とち)で暮(く)らすこと
C. 引(ひ)っ越(こ)しの準(じゅん)備(び)をすること
D. 子(こ)供(ども)を日(に)本(ほん)に残(のこ)していくこと
問題10 次の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1234から一つ選びなさい。 我が身が生涯に望み、知りうることは、世界中を旅行しようと、何をしようと、小さい。あきれるくらい小さいのだが、この小ささに耐えていかなければ、学問はただの大(おお)風(ぶ)呂(ろ)敷(しき)(注1)になる。言葉の風(ふ)呂(ろ)敷(しき)はいくらでも広げられるから、そうやっているうちに自分は世界的に考えている、そのなかに世界のすべてを包める、①そんな錯覚に捕らえられる。木でいい家を建てる大工とか、米や野菜を立派に育てる農(のう)夫(ふ)とかは、そういうことにはならない。世界的に木を削ったり、世界標準の稲を育てたりはできないから、彼らはみな、自分の仕事において賢明である。我が身ひとつの能力でできることを知り抜いている。学問をすること、書物に学ぶことは、ほんとうは②これと少しも変わりはない。なぜなら、そうしたことはみな、我が身ひとつが天地の間でしっかりと生きることだからだ。 人は世界的にものを考えることなどはできない。それは錯覚であり、空想であり、愚かな思い上がりである。ただし、天地に向かって我が身を開いていることならできる。我が身ひとつでものを考え、ものを作っているほどの人間なら、それがどういう意味合いのことかは、もちろん知っている。人は誰でも自分の気質を背負って生まれる。学問する人にとって、この気質は、農(のう)夫(ふ)に与えられる土壌のようなものである。土壌は天地に開かれていなければ、ひからびて(注2)不毛になる。与えられたこの土を耕し、水を引き、苗を植える。苗がみずから育つのを、毎日助ける。苗とともに、自分のなかで何かが育つのを感じながら。学問や思想もまた、人の気質に植えられた苗のように育つしかないのではないか。子供は、勉強して自分の気質という土を耕し、水を引き、もらった苗を、書物の言葉を植えるのである。それは、子供自身が何とかやってみるほかはなく、そうやってこそ、子供は学ばれる書物とともに育つことができる。子供が勉強をするのは、自分の気質という土壌から、やがて実る精神の作物を育てるためである。「教養」とは、元来この作物を指して言うのであって、物(もの)識(し)り(注3)たちの大(おお)風(ぶ)呂(ろ)敷(しき)を指して言うのではない。(注1)大(おお)風(ぶ)呂(ろ)敷(しき):実際より大きく見せたり言ったりすること (注2)ひからびて:乾ききって (注3)物(もの)識(し)り:物事をよく知っている人 この文章では、学問をするということをどのような例を使って説明しているか。
A. 与えられた土を耕し、よい苗を選んで植える。
B. 与えられた土を耕し、よい作物になるように苗を育てる。
C. 与えられた土壌を改善するために耕し続ける。
D. 与えられた土壌を改善しながら世界標準の作物を育てる。